『ヨナ抜き音階と日本の音楽教育10』

『パプリカ』に込められた要素とは?

『パプリカ』を作曲した米津玄師も我々と同じように日本で音楽教育を受けた一人であり、幼少期に唱歌を習い歌った経験はもちろんあっただろう。彼がメジャーデビューし、より大衆に受け入れられる曲の作成が必要になった時、意図的にしろ偶然にしろヨナ抜き音階を使い曲を作ったのは日本人や日本の歴史を尊重する彼にとって自然の流れだったのかもしれない。

ただ、記事の冒頭でも書いたように、ヨナ抜き音階を使えば必ず曲がヒットするわけではもちろんなく、歌詞やアレンジなど全て高い次元のセンスが必要だ。

その中で、実は『パプリカ』のメロディをより注意深く見てみると、そこにヨナ抜き音階にプラスして日本人にとって更に大切な要素が含まれているのが分かるのだ。

ここまで記事を読んでくださった方は、ヨナ抜き音階にどんな要素がプラスされていればより日本人にとって馴染みやすく心に残る歌となるのか、お分かりになるだろうか?

記事途中で、大正7年(1918年)に『赤い鳥』が創刊されたことで本格化する『童謡運動』は、必ずしも国によるイデオロギーの押しつけに反発するムーブではないのかもしれないと書いたが、それなら、当時の一流作家たちはどんな気持ちで童謡を作っていたのだろう?もちろん、子供たちには学校で習う唱歌などよりもっと質の高い詩や曲に触れてもらいたいというのが大義名分だが…

実は、童謡もその多くがヨナ抜き音階で出来ているという事実がある。

例えば、私が持っている『童謡唱歌200』という歌集には今でもよく歌われる童謡と唱歌が掲載されているが、ヨナ抜き音階のみで作られた歌は童謡の方が多いのだ。(唱歌35曲、童謡45曲)

つまりヨナ抜き音階を学校教育で使うということに関しては特に異を唱えていた訳ではなく、むしろ「唱歌と同じようにヨナ抜き音階を使った上でより質の高いメロディが作れる」という方向に作曲者たちの才能が発揮された部分もあるのではないだろうか。

質の高いメロディというのが、多くの日本人に受け入れられ心に残り長く歌い継がれるメロディということであるなら、確かに今も歌われ続けているヨナ抜き音階の歌の中に童謡が多いのは、至極納得がいく。


童謡『赤とんぼ』の解析

ではどうすれば、ヨナ抜き音階を使って多くの日本人に受け入れられ心に残り歌い継がれる曲ができるのだろうか?

例えば、童謡運動のメンバーで日本を代表する作曲家 山田耕筰の作った童謡『赤とんぼ』を見てみると、この曲は完全にヨナ抜き音階のみで作られている。さらに長調であり、メロディの最後の音はキイの主音、コードもシンプルにトニック、サブドミナント、ドミナントのいわゆるスリーコードで伴奏できる。

つまり、その構造だけ見れば伊沢修二が推奨したヨナ抜き音階による初歩的な唱歌と全く同じである。

ところが、最初のメロディである『ゆ→う』の2音が『ソ→ド』と、いきなり4度分も音程が上がっているのだ。

歌いやすくするためにあまり音程が飛ぶことが無い唱歌のメロディに比べ、始めの2音で4度分上昇するのは少々難しそうだが、4度といえば日本人に最もなじみ深く慣れ親しんだ音程といえる。

さらに『こやけぇの』の『や→け』も4度音程、『けぇの』の3つの音は、小泉文夫氏が提唱する4度を核音とした3音グループの1つで律の3音である。以下『お→わ』は4度音程、『み→た→の』は律の3音、『ぉ→わ→ぁ』は民謡の3音となっている。(下図参照)

赤とんぼ(日本音階的解析)

律の3音も民謡の3音もいわゆる庶民に親しまれた俗楽で使われるグループである。律の3音は雅楽直系なので厳かに聞こえるし、民謡の3音はより親しみやすく歌いやすい。例えば、今でも子供たちの手遊び歌として盛んに歌われる「せっせっせーのよいよいよい」は民謡の3音から出来ており、いかに自然で親しみやすく歌い継がれているかが分かる。

『赤とんぼ』のメロディには、歌詞に合わせてこれらの3音が使い分けられているのだ。

ただあくまでも『赤とんぼ』は、唱歌と同じように西洋的な構造の歌なので、この曲のメロディに見られる律の3音や民謡の3音は日本の俗楽で見られるような使われ方はされていない。つまり…

『ヨナ抜き音階を使い西洋的な構造で作った曲の中にあえて日本人に馴染みの深い4度音程、あるいは律や民謡の3音を内包させることで、西洋的でありながら日本人に受け入れやすく心に残るメロディを作っている』のである。

この曲が童謡の中でもズバ抜けて日本人の心に残り歌い継がれ続けているのには、この策略的ともいえる天才的なメロディの作り方が寄与している部分も大いにあるだろう。


唱歌『うさぎとかめ』の解析

一方、唱歌に目をやってみる。唱歌で最も心に残る歌として『故郷』を挙げる人は多いだろう。ただし、『故郷』はヨナ抜き音階以外の音が使われているため『赤とんぼ』と対比させるには条件が合わない。

唱歌には『赤とんぼ』のような感じで日本人の心に残り歌い継がれているヨナ抜き音階のみの歌はそれほど多くない。今でも歌い継がれているということであれば、明治時代の歌に限定すると『うさぎとかめ(明治34)』『きんたろう(明治33)』『桃太郎(明治44)』のように、物語を題材とした歌が多いのが分かる。

つまり、曲の良し悪しに関係なく物語と共に歌い継がれているとも言える。

ヨナ抜き音階と物語を組み合わせることで、子供たちにとって西洋音楽をより楽しく親しみやすいものにするという狙いがあったのかもしれない。例えば、『うさぎとかめ』を解析してみると以下のようになる。(下図参照)

うさぎとかめ(日本音階的解析)

ご覧のように、明らかに『赤とんぼ』に比べ4度音程や3音のグループが使われていない。

これは、メロディの作りが単純であるためで、同じ音が続くことが多く音の飛び方も単純に2度音程や3度音程を繰り返しているからである。初期のヨナ抜き音階で出来た唱歌には、このようなシンプルで歌いやすいメロディのものが多く、いかにも幼児期や小学校低学年を対象にした西洋音楽の入門用という感じなのである。

もう少し時代が進むと『とんび(大正7)』『うみ(昭和16)』『たなばたさま(昭和16)』など、ヨナ抜き音階のみで作られていながら童謡のような芸術性が高いメロディの歌が作られ、それらは今でも歌い継がれている。

いずれにしても、童謡と唱歌とでは、ヨナ抜き音階で歌を作る意味が少なくとも当初は違っていた。童謡では子供たちに向けた芸術作品として、唱歌では西洋音楽の入門曲として作曲がなされていたのだ。

次の記事へ⇒(十一)『パプリカ』の解析

【ヨナ抜き音階と日本の音楽教育 全12記事】
(一)近代教育の開拓者 伊沢修二
(二)近代音楽教育が目指したゴール
(三)伊沢修二の実験と理屈
(四)長調への拘りと体操教育での経験
(五)たどり着いた答え『呂音階』
(六)呂音階の推進を後押しするもの
(七)集大成『小学唱歌集』に見られる拘り
(八)伊沢修二に対する批判と民謡音階
(九)伊沢修二とヨナ抜き音階が残したもの
(十)童謡『赤とんぼ』の解析
(十一)『パプリカ』の解析
(十二)そして、よなおしギターへ


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