『ヨナ抜き音階と日本の音楽教育07』

小学校唱歌集の完成

音楽取調掛が発足してからわずか二年後、それまでの研究の成果とも言える『小学唱歌集』の初篇が完成する。これには多大な労力が費やされたようだ。

『小学唱歌集』は日本で初めて五線譜で描かれた歌集で、掲載曲の半分はスコットランドやアイルランドの民謡だ。そのためまずは、メロディを正確に譜面に起こすことから始めなければならない。さらに歌詞は、歌いやすい日本語にしなければならないため新しく多くの詞が作られた。スコットランド民謡のメロディを採用した『蛍(の光)』や『思い出づれば』などは、その歌詞を何十回と手直しして完成させたという。また、日本と西洋の音楽を折衷するという大義名分のもと、新しいメロディも日本の雅楽や俗楽の大家の手により作られた。

さて、そうして出来上がった伊沢修二ら音楽取調掛の集大成といえる『小学唱歌集』には、どんな曲が掲載されたのか?果たして、それらの曲はみんな呂音階つまりドレミソラで出来ているものばかりなのだろうか?


小学校唱歌集に見られる拘り

『小学唱歌集』は全部で三編が編纂された。最初にまとめられた文字通り初級編である初篇には33曲が掲載されている。その中で、純粋に呂音階つまりドレミソラのみの音で出来ている曲は8曲しかない。しかもその内の3曲はドレミの3つの音しか使っていない正に初めて西洋的な音楽に触れる者がそれに慣れるための練習曲といえ、実質、呂音階と同じドレミソラで出来ている唱歌は5曲である。これはどう考えても、これまで見てきた呂音階推奨の経緯からして至極く少ないと言える。

一方で、この初篇の曲を順を追って見ていくと、音階以外の拘りがひしひしと伝わってくる。

まず、西洋的な音楽を『何としても分かりやすく伝えたい』そして『多くの子供たちに習得してもらいたい』という教えることへの拘りだ。いや拘りというより、教えることへの情熱と教わる人への愛情とすら感じる。

それほどこの小学唱歌の出来具合が素晴らしいのである。

なにせ相手は、西洋的な音階に全く触れたことのない子供たちで、ド→レと歌えても次のミの音が全く取れないような状態だ。そのため初篇では、最初ドとレの2音しか使われていない曲から始まる。使う音は徐々に増え、2度音程のみのメロディからやがて3度音程飛ぶようになり、繰り返し記号が加えられ、拍が変わり、二分音符が出てきて、スラーで音をつなげる練習をし、八分音符になり臨時の#が1つ出てきて、5度音程飛ぶようになり、ハ長調以外の曲に挑戦し、音域が1オクターブを少し超え……といったように、スモールステップで徐々に歌と理論が学べる見事な仕組みになっている。現在の音楽教育でも十分に使える非常に質の高い内容といっても過言ではない。

さらに強い拘りを感じるのが、初篇の曲全てが長調(メジャー)であること。

これは単に伊沢修二が唱える「長調が勇壮活発な人間を育てる」という言説を実現したというだけでなく、日本には無い長調短調の理屈、つまり西洋の音楽理論をそのまま使った曲が編纂されていることになる。

また、掲載されている曲のシンプルな構造にも拘りを感じる。

初篇33曲の内、4曲を除いて全てキイの主音でメロディが終わっている。主音という概念を持たない日本の音楽からすればこれもありえない多さだ。西洋の音楽は多くの場合キイの主音でメロディが終わる。主音は1つのキイに対して1つしか無いので、その構造はいたってシンプルだ。つまりそれは、覚えやすさと教えやすさにつながる

当時、西洋の楽器、特に伴奏に有利な鍵盤楽器(ピアノやオルガン)を習得しているものはほぼいなかったであろうことを考えると、学校で教える側の教師もまた新たに西洋の音楽理論や楽器の演奏技術を覚えなければならない。学校で展開する音楽教育には当然、それら音楽教師たちの教育が急務であり、それにはシンプルな構造の西洋音楽の理論の方が都合が良い。伊沢自身も、日本音楽の主音の不明瞭さと西洋音楽のシンプルさとのギャップに悩んでいたぐらいである。

申報書の中に『本掛伝習生修業学科教科細目』という音楽教師の卵たちが習うこれも素晴らしいカリキュラムが載っている。修業期限4年のそのカリキュラムの2年時から和声学が学科に加えられ、主には三和音の勉強にあてられている。恐らくそこで伝習生たちは習ったであろう、キイの主音で終わる曲の最後のコードはドミソのトニックコードで決まり、その1つ前のコードはソシレのドミナントコードだ。これは伴奏するにしても理屈を教えるにしても非常に扱いやすい。

主音で終わる長調の曲は、伊沢修二の唱える勇壮活発な国民の育成と、教えやすく覚えやすい理論の構築を実現してくれるのである。

次の記事へ⇒(八)伊沢修二に対する批判と民謡音階

【ヨナ抜き音階と日本の音楽教育 全12記事】
(一)近代教育の開拓者 伊沢修二
(二)近代音楽教育が目指したゴール
(三)伊沢修二の実験と理屈
(四)長調への拘りと体操教育での経験
(五)たどり着いた答え『呂音階』
(六)呂音階の推進を後押しするもの
(七)集大成『小学唱歌集』に見られる拘り
(八)伊沢修二に対する批判と民謡音階
(九)伊沢修二とヨナ抜き音階が残したもの
(十)童謡『赤とんぼ』の解析
(十一)『パプリカ』の解析
(十二)そして、よなおしギターへ


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